70年春の勢力図。
かつて十五国を支配下に置き、天下統一に最も近かった氏族少弐家は衰退し、この数ヵ月後筒井家に滅ぼされることとなる。
東の大国だった里見家も佐竹家の反乱と武田の侵攻によって急速に弱体化しておりもはや風前の灯だ。
そういえば前回のコメント欄で読者の方が教えてくださったのだが、実は反乱で伊達家が滅んでいたようだ。
恐らく隣の州へ攻めた際に城に守備兵を置かなかったため、治安が下がって反乱が起き、そのまま占領されてしまった様だ。
織田家と北畠家を従属させたが、今回の東海遠征は大失敗だ。
増え続ける今川陸軍に東海遠征軍では勝てる気がしない。
このまま続けても成功の見込みの無い東海遠征は中止し、せっかくなので東北へ伊達家を再興させに行く。
東北は10年程前に伊達家が反乱軍に滅ぼされて以来、どの氏族も手を出していない無法地帯となっている。
遠江の東海遠征軍を船に乗せ、陸奥を目指す。
70年冬。
近畿・中国地方合わせて18国を治める大国筒井家に宣戦布告された。
翌年の夏に筒井が摂津へ侵攻。難攻不落の大阪城で筒井を破る。
この戦いで筒井家当主ランク5の名将筒井ジュンシュが戦死する。
さらに陸路で九州に侵攻してきた筒井と野戦。
敵は騎兵が多かったがカノン砲のおかげで有利に戦いを進めることができた。
砲は歩兵にはあまり効果的ではないが、騎兵に対しては効果的だ。
71年冬。畠山が宣戦布告。
72年春。国親が死亡。
元親には息子が居らず、娘しか居ないため世継ぎが居ない。少し不安。
その矢先に元親の居城の大阪城が筒井に包囲される。
72年夏。続々と増える包囲軍。
当初は敵が城へ侵攻してきて、それを防衛すれば良いだけと考えていたのだが、
前回の敗北で学習したのか一向に攻めて来ない。
四国から援軍を送ることを決定する。
まさかこんな大事になるとは思わなかった。
ぐずぐずしている間に餓死で城兵が死に、さらに大阪城降伏まで後2ターンとなった。
2000人程で敵兵5000に突撃する。
・・・が大敗した。
忙しすぎてSSが撮れなかった。
よほど大阪城を恐れているのか、敵兵はまだ攻めてこない。
援軍の部隊ですぐに救援に向かう。
幸先よくこちらの砲が敵の大将を殺害したのだが、いつの間にか後ろに回り込んでいた刀騎兵に将軍が殺され総崩れになり、またもや大敗。
キャンペーンマップに記念像まで建てられてしまった。
大阪城落城まで残り0ターン。
早期に総崩れになったため被害の少なかった救援隊でもう一度突撃する。
奮戦はしたものの敗北。
この戦いで大阪城の落城は決定してしまった。
長宗我部!長宗我部!長宗我部えぇ!
最後の演説は中々かっこよかった。
長宗我部家が途絶えたため、将軍桑名久垣が長宗我部久垣として長宗我家の跡を継いだ。
ちょっと戻って東北。
世紀末都市盛岡。意外と立派な城だった。
盛岡へ侵攻。
本隊で敵を足止めしている間に別働隊で天守閣を奪い勝利。
伊達に大金を払い支援する。
東北遠征軍はこのまま陸奥に留まり、伊達を保護することにした。
74年春の勢力図。筒井が近畿に兵力を集中させている間に島津が長門、周防、石見、安芸、出雲の中国地方五カ国を攻め落とし、筒井、武田、長宗我部、徳川の四大国に匹敵するほどの大国となった。
北畠はいつの間にか滅び、織田も虫の息だ。
いつの間にか江村忠向が嫡子になっていた。
養子にした覚えは無いので自動的になったのであろう。
ちなみに大名の久垣の方が若い。
75年夏。島津が一年でさらに5国を制覇する快進撃を見せついに天下分け目の戦いが始まった。
現在従属している国に対しても毎ターン-5関係が悪化するらしく、島津が裏切るのも時間の問題となってしまった。
とにかくもう領土を取ることに躊躇する必要は無い。
江村将軍率いる中国方面軍は備前、備中、備後の三ヶ国を攻め落とした。
ついにランク6となった我らがラファエル司祭に畠山のランク6忍者が暗殺を企てた。
が暗殺は失敗に終わり、司祭の説得により敵の忍者は消えた。
江村さん(30歳)の妻14歳。
戦国の世はロリコンが多い。